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zoom RSS 第一発見者。

<<   作成日時 : 2006/02/03 23:44   >>

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 2月3日。おじいちゃんの命日で、今日は23回忌。

 私は今までおじいちゃんのお年忌には参加した事がなかった。
 私が7歳の時に亡くなった為、周りの人も
「この子はまだ小さいから参加してもねえ。」という気持ちで今まで来たと思う。
 でも、私ももう30歳。ようやく、参加出来るようになった。

 実家に朝帰ると、すでに伯父さん伯母さんが来てくれていて、
相変わらず賑やかだった。さすが、みんな兄妹だ(笑)。
 おばあちゃんに「一番遠い場所から来てくれたから、おじいさんも喜ぶわー」
と言われて、ちょっとじーんとした。

 おばあちゃんとは28年間一緒に暮らしてきたけど、
結婚してからは、その時には見せなかった笑顔でいつも迎えてくれる。
 
 私がまだ同居してた時に、他の孫達に見せてたその笑顔が羨ましかった事がある。
「なんでいつも一緒にいるのに同じように接してくれないんだろう?」と思ってた。
 でも、離れて暮らすようになってようやくそれが分かった気がする。
 私も、今まで恥ずかしくて出せなかった優しさが出せるようになってきた。
 
 離れて暮らして、初めてその人のありがたみが本当に実感出来る。
「今、おじいちゃんが生きてたら同じように出来るのになあ」って思いながら
お寺さんのお経を聞いていた。仏壇も初めてマジマジと見たなあ。
 おじいちゃんがいた時は、仏具の掃除を手伝った事もある。
シンナーの臭いでいっつも頭が痛くなって避難してたな(笑)。

 おじいちゃんは家族の誰よりも健康で、体が丈夫だった。
年中毎朝、外で乾布摩擦をしてたし、寝込んだのも私は見た事がない。

 そんなおじいちゃんが好きだったプロレスのテレビ番組。
それを見る前に必ずお風呂に入っていた。
 その日も「プロレス始まる前にお風呂に入るかな。」と言ってお風呂に入った。

 そして、プロレスの番組が始まった。おじいちゃんはまだ出てこない。
 私の両親は、
「おじいちゃん遅いねえ。ちょっとあんた、プロレス始まったって言いに行っといで。」
と言われて、私はお風呂場に向かった。

 ドアを開けると、おじいちゃんは湯舟に顔をつけていた。
私は、驚かそうと思ってわざとやってるんだと思って、
「またー、おじいちゃん。プロレス始まったよ!」と言ってもなかなか顔を上げない。
 体を揺すっても叩いても全く反応がない。ここで私はようやく事態を飲み込む。

 急いで2階に上がって「おじいちゃんが溺れてる!」と両親に叫んだ。
 それを聞いた両親も私が驚かそうと思ってるらしく、
「もう、あんたは!おじいちゃん、出たの?」と言って取り合ってくれない。
「違うって!本当に溺れてるんだって!返事しないんだよ!」
 ここまで言ってようやく真剣になった2人は急いでお風呂場に向かった。

 その日、おばあちゃんは友達と温泉旅行に行った日だった。
まさか健康体であるおじいちゃんがそんな事になるとも思わないから、
おばあちゃんの宿泊先の連絡先を誰も知らなかった。

 そして、救急車と救急隊員を7歳の私は自宅で初めて見た。
それからその日の記憶がほとんどない。あまりにもショックだったのかな。
 ただ、母親がいろんな場所に必死に電話してたのと、
おばあちゃんがいなかった事が、不思議でしょうがなかった。
 
 夜中、父親から母親に電話が入る。そして、私に伝えられた。
「おじいちゃん、亡くなったって。」号泣する母親。私は言葉も出なかった。
それを聞いた途端、なぜだか急に力が抜けて眠ってしまっていた。

 その時、涙は出なかった。
 ついさっきまで元気だったおじいちゃんがいなくなってしまうという実感が
全く湧かなかったんだと思う。
 おばあちゃんにはなんとか連絡がついて、最終電車で帰ってきたらしい。

 結局、おじいちゃんは頭の血管が切れた為、眠るように意識がなくなったらしい。
老衰に当たるらしい。痛みも全くない。
 もし、意識が戻っても植物人間状態になってしまう。との見解だったらしく、
楽をして眠ったのなら、その方がよかったんだとみんなは話していた。

 そして、あっという間にお通夜が来た。
 
 おじいちゃんとおばあちゃんは商売をしていたので、
弔問者が多すぎて、お通夜が終わるまでおじいちゃんの顔は見れなかった。
 お通夜が終わった後、家族だけになった時、ようやくおじいちゃんの顔が見れた。

 ここで「本当にいなくなっちゃうんだ」という気持ちに変わって
その日はずっと泣いていた。今考えても、人生の中で一番多く泣いた日だと思う。

 私は、その後、
「なんであの日は一緒にお風呂に入らなかったんだろう」
「もっと早く声をかけてれば」という思いをかなり長い間ひきずって、
子供ながらにかなり悩んだ。両親にもおばあちゃんにも話せなかった悩みだった。
話すとまた泣いてしまいそうだったから。
 学校でも、みんなに悟られないように、いつもより明るく振る舞っていた。

 今では、「いつも見守ってくれてるんだ」という気持ちの方が強い。
今日でも穏やかな気持ちでおじいちゃんの写真をずっと見ていた。
 23回忌という節目でようやく悩みが解かれた気がする。

 耳が遠く、「ケンタッキーにつれてって」と言う私に、
「誰が洗濯機をくれるんだっ!?」って言ってみたり。
 散歩中のジョリー(愛犬)の背中に空き缶をヒモでくくりつけてきたり。
 私の保育園のお迎えをど忘れしたり。
 市民プールに一緒に行ってパンツ一丁で私と一緒に泳いでみたり。 

 そんな愉快なおじいちゃん。
 今はジョリー1号、2号、3号と一緒にいるのかな。
 またお盆に会いにいきます。

 「あんたはとにかく高い所に登るのが好きだったねえ。
おじいさんと2人で見ててもすぐどっか行っちゃうんだよ。」
と懐かしそうに私に言ったおばあちゃん。

 これからは、おじいちゃんに出来なかった優しさをおばあちゃんに2人分、
出していけたらいいな。 

 家族の大切さが身に沁みた一日でした。 

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